仕事をしながら家族の介護を続ける雇用者は、全国で約240万人。平成23年度では年間約10万人が介護・看護のために離職しました(総務省 「就業構造基本調査」 平成24年)。
大切な家族を見守りたい、施設に入れられない、職場に迷惑をかけられない等、様々な思いから退職を選ぶ人は少なくありません。
しかし、正社員であれ非正社員であれ、退職にはそれなりのリスクがあります。介護で退職を決断する前に、そのリスクを一度整理してみましょう。
介護費用に医療費、自らの老後資金も大丈夫ですか?
退職して自分が介護に専念するようになっても、多かれ少なかれ介護サービスを利用することになります。また、高齢者は病気やケガのリスクも高く、治療が長期化することから医療費も高額になりがちです。
介護費用や医療費の他に、生活費もかかります。さらに、家族を看取った後の自分の老後生活のことも考えなければなりません。年金の支給開始年齢は70歳に引き上げられることも検討され、年金支給額の減少も懸念されており、自らの老後に備えた貯えも必要です。
「老後」は想像以上に長い時間です。日本の平均寿命は年々上がり、老後生活も長期化しています。思わぬ病気やケガ等、体力の低下で思うように働けない、動けないとなることもあります。生活保護制度などのセーフティネットはありますが、老後資金は「何とかなるだろう」では、何ともならない可能性が高いのです。
夫の扶養範囲内のパート収入であっても、その収入があるのとないのでは大きく異なります。正社員で厚生年金などを払っている場合には、ここで退職してしまうと年金支給額にも影響します。
退職後の介護資金や自らの老後資金について、今仕事を辞めて収入を得る手段がなくなっても見通しが立てられるか、冷静に考えてみましょう。
生活が介護中心に・・・精神的に追い詰められる可能性も
介護をしながら仕事を続けている間は、介護のストレスを職場で解消したり、気晴らしをしたりできます。介護とは異なる「場」があることで、介護には関係のない雑談を職場の同僚と交わしたり、仕事に専念したりして、リフレッシュできるからです。
しかし、介護のために退職してしまい、介護中心の生活になってしまうと、自分と介護する家族だけの世界になってしまいます。「介護のために仕事も辞めたのだから」とホームヘルパーなどのサービスに頼らず一人で介護を抱え込んでしまい、「家を空けられない、外出できない」。という状況になる人もいます。
社会との接点が減ってしまうことから、孤独感や大きなストレスを感じる人も少なくありません。
育児の場合は子どもが成長すれば手がかからなくなりますが、介護は終わりが見えず、症状が悪化して負担が増していくのが一般的です。
このように生活が介護中心になると、精神的に追い詰められてしまう可能性もあります。真面目で責任感があるほどなりやすいといわれる「介護うつ」は、進行すると殺人事件や自殺の原因にもなります。
仕事を続けることには、収入を得るだけでなく、社会との繋がりを持ち、人間関係を保つという精神的なプラス面もあるのです。
介護で退職したその後の転職や再就職は困難
介護世代は親が高齢となる40~50代です。この年齢で離職をすると、2つの理由から転職や再就職が極めて難しくなります。
1つめの理由が、自分が働ける条件が限られてしまうことです。「リハビリして回復できる」という状況を除き、ほとんどのケースで介護は長期化し、症状は重くなっていきます。介護のために家を空けられる時間が限られてしまい、その条件で職を探すとなかなか見つからない…という事態になりがちです。
2つめは、離職期間が長期化してしまうことです。家族が介護施設に入居するなど、一段落してから、と思っていると離職期間はどんどん長くなってしまいます。年齢に関係なく、離職期間は長いほど再就職には不利になります。希望の勤務条件を考えず、「まずは再就職すること」を考えても、再就職先はなかなか見つからないかもしれません。
退職してすぐに、介護がしやすい仕事に転職をする選択肢もありますが、その際はほとんどの場合、年収がダウンします。40~50代の転職では、長年の勤務で積み重ねた現職の年功賃金の要素が、転職先ではリセットされてしまうことのほうが多いからです。
明治安田生活福祉研究所が実施した調査では、介護を理由に転職した場合、男性の場合は、年収556万円から341万円に、女性の場合は350万円から175万円にとそれぞれ大幅ダウンしています(2014年 「仕事と介護の両立と介護離職」に関する調査)。
介護で退職した場合、転職するにしても再就職をするにしても、その機会は減少し、収入・条件面でも妥協する必要があると理解しておきましょう。
「介護で退職したら負担が増す」という調査結果も
家族の介護時間を創り出すための退職。時にはやむを得ない選択かもしれませんが、介護による退職で、精神面や肉体面、経済面で「負担が増した」という調査結果も出ています。
その調査を行ったのが、平成24年度厚生労働省委託事業として行われた三菱UFJリサーチ&コンサルティングの「仕事と介護の両立支援に関する調査」です。結果を見ると、介護等を機に仕事を辞めてからの変化は、
・「精神面」の負担が増した 64.9%
(「非常に負担が増した」「負担が増した」と答えた人の合計)
・「肉体面」の負担が増した(同上) 56.6%
・「経済面」の負担が増した(同上) 74.9%
と、それぞれ「負担が減った(「負担が減った」「かなり負担が減った」の合計)」と答えた人の割合を大幅に上回っています。
この結果からも、「介護による退職」は最後の選択肢であり、仕事を継続しながら介護できる方法を模索することが大切だと言えるでしょう。
有給休暇、民間・行政の介護サービスを活用して仕事を続ける道を
地域によって差はありますが、今はホームヘルパーや介護タクシー、配食サービスや見守りサービスなど民間の介護サービスも増えてきました。運用にはまだ改善の余地があると言われていますが、介護休職制度や介護のための短時間勤務制度を導入している企業も増えています。
「他に介護をする人が誰もいない。」「親の介護は自分がしたい。」という状況では、最終的には退職もやむを得ないかもしれません。
しかし、介護は一人で抱え込む時代ではありません。こうした民間・行政のサービスや企業の制度を活用すれば、他に介護をする家族がいなくても、介護をしながら仕事を続けられる可能性も見えてくるかもしれません。
「サービスを利用すれば、その分コストがかかる。」と思うかもしれませんが、退職により全く収入が途絶えてしまうことや再就職の困難さを考えれば、収入の大半が介護費用となってしまっても仕事を続ける意味はあります。
退職をする前に、企業の制度や民間・行政サービスなどを利用して介護しながら仕事を続ける方法はないか、もう一度模索してみましょう。